江戸川乱歩「 怪人二十面相」 7

江戸川乱歩「 怪人二十面相」

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壮二君のゆくえ

松野の語ったところによりますと、けっきょく、賊は、つぎのようなとっぴな手段によって、まんまと追っ手の目をくらまし、大ぜいの見ている中をやすやすと逃げさったことがわかりました。

人々に追いまわされている間に、賊は庭の池にとびこんで、水の中にもぐってしまったのです。でも、ただもぐっていたのでは呼吸ができませんが、ちょうどそのへんに壮二君がおもちゃにして、すてておいた、節のない竹ぎれが落ちていたものですから、それを持って池の中へはいり、竹の筒を口にあて、いっぽうのはしを水面に出し、しずかに呼吸をして、追っ手の立ちさるのを待っていたのでした。

ところが、人々のあとに残って、ひとりでそのへんを見まわしていた松野運転手が、その竹ぎれを発見し、賊のたくらみを感づいたのです。思いきって竹ぎれをひっぱってみますと、はたして、池の中からどろまみれの人間があらわれてきました。

そこで、やみの中の格闘がはじまったのですが、気のどくな松野は救いをもとめるひまもなく、たちまち、賊のために組みふせられ、賊がちゃんとポケットに用意していた絹ひもでしばりあげられ、さるぐつわをされてしまったのです。そして、服をとりかえられたうえ、高い木のまたへかつぎあげられたというしだいでした。

そうわかってみますと、壮二君たちを学校へ送っていった運転手は、いよいよにせ者ときまりました。たいせつなお嬢さん坊ちゃんが、人もあろうに、二十面相自身の運転する自動車で、どこかへ行ってしまったのです。人々のおどろき、おとうさまおかあさまのご心配は、くどくど、説明するまでもありません。

まず早苗さんの行く先、門脇中学校へ電話がかけられました。すると、意外にも早苗さんはぶじに学校へついていることがわかりました。では、賊はべつに誘かいするつもりではなかったのだなと、大安心をして、つぎには壮二君の学校へ電話をしてたずねますと、もう授業がはじまっているのに、壮二君の姿は見えないという返事です。それを聞くと、おとうさまおかあさまの顔色がかわってしまいました。

賊はわなをしかけたのが、壮二君であることを知ったのかもしれません。そして、足にうけた傷のふくしゅうをするために、壮二君だけを誘かいしたのかもしれません。

さあ、大さわぎになりました。中村捜査係長は、ただちにこのことを警視庁に報告し、東京全都に非常線をはって、羽柴家の自動車をさがしだす手配をとりました。さいわい自動車の型や番号はわかっているのですから、手がかりはじゅうぶんあるわけです。

壮太郎氏は、ほとんど三十分ごとに、学校と警視庁とへ電話をかけて、その後のようすをたずねさせていましたが、一時間、二時間、三時間、時はようしゃなくたっていくのに、壮二君の消息は、いつまでもわかりませんでした。

ところが、その日のお昼すぎになって、ひとりのうすよごれた背広に鳥打 ち帽 の青年が、羽柴家の玄関にあらわれて、みょうなことをいいだしました。

「あたしは、おたくの運転手さんにたのまれたんですがね。運転手さんが、なんだか途中できゅうに私用ができたとかで、たのまれて自動車を運んできたのですよ。車は門の中へ入れておきましたから、しらべて受けとってほしいんですがね。」

秘書が、そのことを奥へ報告する。それっというので、主人の壮太郎氏や支配人の近藤老人が、玄関へかけだして、車をしらべてみますと、たしかに羽柴家の自動車にちがいありません。しかし、中にはだれもいないのです。壮二君はやっぱり誘かいされてしまったのです。

「おや、こんなみょうな封筒が落ちていますよ。」

近藤老人が、自動車のクッションの上から、一通の封書を拾いあげました。その表には「羽柴壮太郎殿必親展」と大きく書いてあるばかり、裏を見ても、差出人の名はありません。

「なんだろう。」

と、壮太郎氏が封をひらいて、庭に立ったまま読んでみますと、そこには左のようなおそろしいことばが書きつらねてあったのです。

昨夜はダイヤ六個たしかにちょうだいしました。持ちかえって、見れば見るほどみごとな宝石、家宝としてたいせつに保存します。

しかし、お礼はお礼として、少しおうらみがあるのです。何者かが庭にわなをしかけておいて、ぼくの足に全治十日間の傷をおわせたことです。ぼくは損害を賠償 してもらう権利があります。そのためにご子息壮二君を人質 としてつれてかえりました。

壮二君は今、拙宅 のつめたい地下室にとじこめられて、暗やみの中でシクシク泣いております。壮二君こそ、あののろわしいわなをしかけた本人です。これくらいのむくいは当然ではありますまいか。

ところで、損害の賠償ですが、それには、ぼくはご所蔵の観世音 像を要求します。

ぼくは昨日、はからずも貴家の美術室を拝見する光栄を得たのですが、そのりっぱさにおどろきいりました。中でもあの観世音像は、鎌倉期の彫刻、安阿弥 の作と説明書きがありましたが、いかにも国宝にしたいほどのもの、美術ずきのぼくは、ほしくてほしくてたまりませんでした。そのとき、どうあっても、この仏像だけはちょうだいしなければならないと、かたく決心したのです。

ついては、今夜正十時、ぼくの部下のもの三名が、貴家に参上しますから、だまって美術室に通していただきたいのです。彼らは観世音像だけを荷づくりして、トラックにつんで運びさる予定 になっております。人質の壮二君は、仏像とひきかえに貴家へもどるようにはからいます。約束は二十面相の名にかけてまちがいありません。

このことを警察に知らせてはなりません。また部下のトラックのあとをつけさせてはいけません。もしそういうことがあれば、壮二君は永久に帰らないものとおぼしめしください。この申し出はかならずご承諾を得るものと信じますが、念のためご承諾のせつは、今夜だけ十時まで正門をあけはなっておいてください。それを目じるしに参上 することにいたします。

二十面相より

羽柴壮太郎殿

なんという虫のよい要求でしょう。壮太郎氏はじめ、こぶしをにぎってくやしがりましたが、壮二君というかけがえのない人質をとられては、どうすることもできません。ざんねんながら、このむちゃな申し出に応ずるほかに手立てはないように思われます。

なお、賊にたのまれて自動車を運転してきた青年をとらえて、じゅうぶん詮議 しましたけれど、彼はただ、いくらかお礼をもらってたのまれただけで、賊のことは何も知りませんでした。

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