江戸川乱歩「 怪人二十面相」 31(最終話)

江戸川乱歩「 怪人二十面相」

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怪盗捕縛

「だが、明智君。」

警視総監は、説明が終わるのを待ちかまえていたように、明智探偵にたずねました。

「きみはまるで、きみ自身が二十面相ででもあるように、美術品盗奪の順序をくわしく説明されたが、それはみんな、きみの想像なのかね。それとも、何かたしかなこんきょでもあるのかね。」

「もちろん、想像ではありません。ぼくはこの耳で、二十面相の部下から、いっさいの秘密を聞き知ったのです。今、聞いてきたばかりなのです。」

「え、え、なんだって? きみは二十面相の部下に会ったのか。いったい、どこで? どうして?」

さすがの警視総監も、この不意うちには、どぎもをぬかれてしまいました。

「二十面相のかくれがで会いました。総監閣下、あなたは、ぼくが二十面相のために誘かいされたことをごぞんじでしょう。ぼくの家庭でも世間でもそう考え、新聞もそう書いておりました。しかし、あれは、じつを申しますと、ぼくの計略にすぎなかったのです。ぼくは誘かいなんかされませんでした。かえって賊の味方になって、ある人物の誘かいを手つだってやったほどです。

昨年のことですが、ぼくはある日ひとりのふしぎな弟子入り志願者の訪問を受けました。ぼくはその男を見て、ひじょうにおどろきました。目の前に大きな鏡が立ったのではないかと怪 しんだほどです。なぜかと申しますと、その弟子入り志願者は、背かっこうから、顔つきから、頭の毛のちぢれかたまで、このぼくと寸分ちがわないくらいよく似ていたからです。つまり、その男はぼくの影武者として、何かの場合のぼくの替え玉として、やとってほしいというのです。

ぼくは、だれにも知らせず、その男をやといいれて、あるところへ住まわせておきましたが、それがこんど役にたったのです。

ぼくはあの日外出して、その男のかくれがへ行き、すっかり服装をとりかえて、ぼくになりすましたその男を、先にぼくの事務所へ帰らせ、しばらくしてから、ぼく自身は浮浪人赤井寅三というものに化けて、明智事務所をたずね、ポーチのところで、自分の替え玉とちょっと格闘をして見せたのです。

賊の部下がそのようすを見て、すっかりぼくを信用しました。そして、それほど明智にうらみがあるなら、二十面相の部下になれとすすめてくれたのです。そういうわけで、ぼくは、ぼくの替え玉を誘かいするお手つだいをしたうえ、とうとう賊の巣くつにはいることができました。

しかし、二十面相のやつは、なかなかゆだんがなくて、仲間入りをしたその日から、ぼくを家の中の仕事ばかりに使い、一歩も外へ出してくれませんでした。むろん、博物館の美術品をぬすみだす手段など、ぼくには少しもうちあけてくれなかったのです。

そして、とうとう、きょうになってしまいました。ぼくはある決心をして、午後になるのを待ちかまえていました。すると、午後二時ごろ、賊のかくれがの地下室の入り口があいて、人夫の服装をしたたくさんの部下のものが、手に手に貴重な美術品をかかえて、ドカドカとおりてきました。むろん博物館の盗難品です。

ぼくは地下室にるす番をしているあいだに、酒、さかなの用意をしておきました。そして帰ってきた部下と、ぼくといっしょに残っていた部下と、ぜんぶのものに祝杯をすすめました。そこで部下たちは、大事業の成功したうれしさに、むちゅうになって酒 もりをはじめたのですが、やがて、三十分ほどもしますと、ひとりたおれ、ふたりたおれ、ついにはのこらず、気をうしなってたおれてしまいました。

なぜかとおっしゃるのですか。わかっているではありませんか。ぼくは賊の薬品室から麻酔剤をとりだして、あらかじめその酒の中へまぜておいたのです。

それから、ぼくはひとりそこをぬけだして、付近の警察署へかけつけ、事情を話して、二十面相の部下の逮捕と、地下室にかくしてあるぜんぶの盗難品の保管をおねがいしました。

お喜びください。盗難品は完全にとりもどすことができました。国立博物館の美術品も、あの気のどくな日下部老人の美術城の宝物も、そのほか、二十面相が今までにぬすみためた、すべての品物は、すっかりもとの所有者の手に返ります。」

明智の長い説明を、人々は酔ったように聞きほれていました。ああ、名探偵はその名にそむきませんでした。彼は人々の前に広言したとおり、たったひとりの力で、賊の巣くつをつきとめ、すべての盗難品をとりかえし、あまたの悪人をとらえたのです。

「明智君、よくやった。よくやった。わしはこれまで、少しきみを見あやまっていたようだ。わしからあつくお礼を申します。」

警視総監は、いきなり名探偵のそばへよって、その左手をにぎりました。

なぜ左手をにぎったのでしょう。それは明智の右手がふさがっていたからです。その右手は、いまだに老博物館長の手と、しっかりにぎりあわされていたからです。みょうですね。明智はどうしてそんなに老博士の手ばかりにぎっているのでしょう。

「で、二十面相のやつも、その麻酔薬を飲んだのかね。きみはさいぜんから部下のことばかりいって、一度も二十面相の名を出さなかったが、まさか首領をとりにがしたのではあるまいね。」

中村捜査係長が、ふとそれに気づいて、心配らしくたずねました。

「いや、二十面相は地下室へは、帰ってこなかったよ。しかし、ぼくは、あいつもちゃんととらえている。」

明智はにこにこと、例の人をひきつける笑い顔で答えました。

「どこにいるんだ。いったいどこでとらえたんだ。」

中村警部が、性急 にたずねました。ほかの人たちも、総監をはじめ、じっと名探偵の顔を見つめて、返事を待ちかまえています。

「ここでつかまえたのさ。」

明智は落ちつきはらって答えました。

「ここで? じゃあ、今はどこにいるんだ。」

「ここにいるよ。」

ああ、明智は何をいおうとしているのでしょう。

「ぼくは二十面相のことをいっているんだぜ。」

警部が、けげん顔で聞きかえしました。

「ぼくも二十面相のことをいっているのさ。」

明智が、おうむがえしに答えました。

「なぞみたいないい方はよしたまえ。ここには、われわれが知っている人ばかりじゃないか。それともきみは、この部屋の中に、二十面相がかくれているとでもいうのかね。」

「まあ、そうだよ。ひとつ、そのしょうこをお目にかけようか……。どなたか、たびたびごめんどうですが、下の応接間に四人のお客さまが待たせてあるんですが、その人たちをここへ呼んでくださいませんか。」

明智は、またまた意外なことをいいだすのです。

館員のひとりが、急いで下へおりていきました。そして、待つほどもなく、階段に大ぜいの足音がして、四人のお客さまという人々が、一同の前に立ちあらわれました。

それを見ますと、一座の人たちは、あまりのおどろきに、「アッ。」とさけび声をたてないではいられませんでした。

まず四人の先頭に立つ白髪白髯の老紳士をごらんなさい。それは、まぎれもない北小路文学博士だったではありませんか。

つづく三人は、いずれも博物館員で、きのうの夕方からゆくえ不明になっていた人びとです。

「この方々 は、ぼくが二十面相のかくれがから救いだしてきたのですよ。」

明智が説明しました。

しかし、これはまあ、どうしたというのでしょう。博物館長の北小路博士がふたりになったではありませんか。

ひとりは今、階下からあがってきた北小路博士、もうひとりは、さいぜんからズッと明智に手をとられていた北小路博士。

服装から顔形 まで寸分ちがわない、ふたりの老博士が、顔と顔を見あわせて、にらみあいました。

「みなさん、二十面相が、どんなに変装の名人かということが、おわかりになりましたか。」

明智探偵はさけぶやいなや、いままで親切らしくにぎっていた老人の手を、いきなりうしろにねじあげて、床の上に組みふせたかと思うと、白髪のかつらと、白いつけひげとを、なんなくむしりとってしまいました。その下からあらわれたのは、黒々とした髪の毛と、若々しいなめらかな顔でした。いうまでもなく、これこそ正真正銘の二十面相その人でありました。

「ハハハ……、二十面相君、ご苦労さまだったねえ。さいぜんからきみはずいぶん苦しかっただろう。目の前できみの秘密が、みるみるばくろしていくのを、じっとがまんして、何くわぬ顔できいていなければならなかったのだからね。逃げようにも、この大ぜいの前では逃げだすわけにもいかない。いや、それよりも、ぼくの手が、手錠 のかわりに、きみの手首をにぎりつづけていたんだからね。手首がしびれやしなかったかい。まあ、かんべんしたまえ、ぼくは少しきみをいじめすぎたかもしれないね。」

明智は、無言のままうなだれている二十面相を、さもあわれむように見おろしながら、皮肉ななぐさめのことばをかけました。

それにしても、館長に化けた二十面相は、なぜもっと早く逃げださなかったのでしょう。ゆうべのうちに、目的ははたしてしまったのですから、三人の替え玉の館員といっしょに、サッサと引きあげてしまえば、こんなはずかしい目に会わなくてもすんだのでしょうに。

しかし、読者諸君、そこが二十面相なのです。逃げだしもしないで、ずうずうしく居のこっていたところが、いかにも二十面相らしいやり口なのです。彼は、警察の人たちがにせ物の美術品にびっくりするところが見物したかったのです。

もし、明智があらわれるようなことがおこらなかったら、館長自身がちょうど午後四時に盗難に気づいたふうをよそおって、みんなをアッといわせるもくろみだったにちがいありません。いかにも二十面相らしい冒険ではありませんか。でも、その冒険がすぎて、ついに、とりかえしのつかない失策をえんじてしまったのでした。

さて明智探偵は、キッと警視総監のほうに向きなおって、

「閣下、では怪盗二十面相をおひきわたしいたします。」

と、しかつめらしくいって、一礼しました。

一同あまりに意外な場面に、ただもうあっけにとられて、名探偵のすばらしい手がらをほめたたえることもわすれて、身動きもせず立ちすくんでいましたが、やがて、ハッと気をとりなおした中村捜査係長は、ツカツカと二十面相のそばへ進みより、用意の捕縄をとりだしたかとみますと、みごとな手ぎわで、たちまち賊をうしろ手にいましめてしまいました。

「明智君、ありがとう。きみのおかげで、ぼくはうらみかさなる二十面相に、こんどこそ、ほんとうになわをかけることができた。こんなうれしいことはないよ。」

中村係長の目には、感謝の涙が光っていました。

「それでは、ぼくはこいつを連れていって、表にいる警官諸君を喜ばせてやりましょう……。さあ、二十面相、立つんだ。」

係長はうなだれた怪盗をひきたてて、一同に会釈しますと、かたわらにたたずんでいた、さいぜんの警官とともに、いそいそと階段をおりていくのでした。

博物館の表門には、十数名の警官がむらがっていました。今しも建物の正面入り口から、二十面相のなわじりをとった係長があらわれたのを見ますと、先をあらそって、そのそばへかけよりました。

「諸君、喜んでくれたまえ。明智君の尽力 で、とうとうこいつをつかまえたぞ。これが二十面相の首領だ。」

係長がほこらしげに報告しますと、警官たちのあいだに、ドッと、ときの声があがりました。

二十面相はみじめでした。さすがの怪盗もいよいよ運のつきと観念したのか、いつものずうずうしい笑顔を見せる力もなく、さも神妙にうなだれたまま、顔をあげる元気さえありません。

それから、一同、賊をまんなかに行列をつくって、表門を出ました。門の外は公園の森のような木立ちです。その木立ちの向こうに、二台の警察自動車が見えます。

「おい、だれかあの車を一台、ここへ呼んでくれたまえ。」

係長の命令に、ひとりの警官が、警棒をにぎってかけだしました。一同の視線がそのあとを追って、はるかの自動車にそそがれます。

警官たちは賊の神妙なようすに安心しきっていたのです。中村係長も、つい自動車のほうへ気をとられていました。

いっせつな、ふしぎに人々の目が賊をはなれたのです。賊にとっては絶好の機会でした。

二十面相は、歯を食いしばって、満身の力をこめて、中村係長のにぎっていたなわじりを、パッとふりはなしました。

「ウム、待てッ。」

係長がさけんで立ちなおったときには、賊はもう十メートルほど向こうを、矢のように走っていました。うしろ手にしばられたままの奇妙な姿が、今にもころがりそうなかっこうで森の中へとんでいきます。

森の入り口に、散歩の帰りらしい十人ほどの、小学生たちが、立ちどまって、このようすをながめていました。

二十面相は走りながら、じゃまっけな小僧どもがいるわいと思いましたが、森へ逃げこむには、そこを通らぬわけにはいきません。

なあに、たかのしれた子どもたち、おれのおそろしい顔を見たら、おそれをなして逃げだすにきまっている。もし逃げなかったら、蹴 ちらして通るまでだ。

賊はとっさに思案して、かまわず小学生のむれに向かって突進しました。

ところが、二十面相のおもわくはガラリとはずれて、小学生たちは、逃げだすどころか、ワッとさけんで、賊のほうへとびかかってきたではありませんか。

読者諸君は、もうおわかりでしょう。この小学生たちは、小林芳雄君を団長にいただく、あの少年探偵団でありました。少年たちはもう長いあいだ、博物館のまわりを歩きまわって、何かのときの手助けをしようと、手ぐすねひいて待ちかまえていたのでした。

まず先頭の小林少年が二十面相を目がけて、鉄砲玉のようにとびついていきました。つづいて羽柴壮二少年、つぎはだれ、つぎはだれと、みるみる、賊の上に折りかさなって、両手の不自由な相手を、たちまちそこへころがしてしまいました。

さすがの二十面相も、いよいよ運のつきでした。

「ああ、ありがとう、きみたちは勇敢だねえ。」

かけつけてきた中村係長が少年たちにお礼をいって、部下の警官と力をあわせ、こんどこそとり逃がさぬように、賊をひったてて、ちょうどそこへやってきた警察自動車のほうへつれていきました。

そのとき、門内から、黒い背広のひとりの紳士があらわれました。さわぎを知って、かけだしてきた明智探偵です。小林少年は目早く、先生のぶじな姿を見つけますと、驚喜 のさけび声をたてて、そのそばへかけよりました。

「おお、小林君。」

明智探偵も、思わず少年の名を呼んで、両手をひろげ、かけだしてきた小林君を、その中にだきしめました。美しい、ほこらしい光景でした。この、うらやましいほど親密な先生と弟子とは、力をあわせて、ついに怪盗逮捕の目的をたっしたのです。そして、おたがいのぶじを喜び、苦労をねぎらいあっているのです。

立ちならぶ警官たちも、この美しい光景にうたれて、にこやかに、しかし、しんみりした気持で、ふたりのようすをながめていました。少年探偵団の十人の小学生は、もうがまんができませんでした。だれが音頭 をとるともなく、期 せずしてみんなの両手が、高く空にあがりました。そして一同、かわいらしい声をそろえて、くりかえしくりかえしさけぶのでした。

「明智先生、ばんざーい。」

「小林団長、ばんざーい。」

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