江戸川乱歩「 怪人二十面相」 26

江戸川乱歩「 怪人二十面相」

怪盗の巣くつ

賊の手下の美しい婦人と、乞食と、赤井寅三と、気をうしなった明智小五郎とを乗せた自動車は、さびしい町さびしい町とえらびながら、走りに走って、やがて、代々木 の明治神宮 を通りすぎ、暗い雑木林の中にポツンと建っている、一軒の住宅の門前にとまりました。

それは七間か八間ぐらいの中流住宅で、門の柱には北川十郎 という表札がかかっています。もう家中が寝てしまったのか、窓から明りもささず、さもつつましやかな家庭らしく見えるのです。

運転手(むろんこれも賊の部下なのです)がまっ先に車をおりて、門の呼びりんをおしますと、ほどもなくカタンという音がして、門のとびらにつくってある小さなのぞき窓があき、そこに二つの大きな目玉があらわれました。門燈のあかりで、それが、ものすごく光って見えます。

「ああ、きみか、どうだ、しゅびよくいったか。」

目玉のぬしが、ささやくような小声でたずねました。

「ウン、うまくいった。早くあけてくれ。」

運転手が答えますと、はじめて門のとびらがギイーとひらきました。

見ると、門の内がわには、黒い洋服を着た賊の部下が、ゆだんなく身がまえをして、立ちはだかっているのです。

乞食と赤井寅三とが、グッタリとなった明智探偵のからだをかかえ、美しい婦人がそれを助けるようにして、門内に消えると、とびらはまたもとのようにピッタリとしめられました。

ひとりのこった運転手は、からになった自動車にとびのりました。そして、車は、矢のように走りだし、たちまち見えなくなってしまいました。どこか別のところに賊の車庫があるのでしょう。

門内では、明智をかかえた三人の部下が、玄関のこうし戸の前に立ちますと、いきなり軒の電燈が、パッと点火されました。目もくらむような明るい電燈です。

この家へはじめての赤井寅三は、あまりの明るさに、ギョッとしましたが、彼をびっくりさせたのは、そればかりではありませんでした。

電燈がついたかと思うと、こんどは、どこからともなく、大きな人の声が聞こえてきました。だれもいないのに、声だけがお化けみたいに、空中からひびいてきたのです。

「ひとり人数がふえたようだな。そいつはいったい、だれだ。」

どうも人間の声とは思われないような、へんてこなひびきです。

新米 の赤井はうすきみ悪そうに、キョロキョロあたりを見まわしています。

すると、乞食に化けた部下が、ツカツカと玄関の柱のそばへ近づいて、その柱のある部分に口をつけるようにして、

「新しい味方です。明智に深いうらみを持っている男です。じゅうぶん信用していいのです。」

と、ひとりごとをしゃべりました。まるで電話でもかけているようです。

「そうか、それなら、はいってもよろしい。」

またへんな声がひびくと、まるで自動装置のように、こうし戸が音もなくひらきました。

「ハハハ……、おどろいたかい。今のは奥にいる首領と話をしたんだよ。人目につかないように、この柱のかげに拡声器 とマイクロホンがとりつけてあるんだ。首領は用心ぶかい人だからね。」

乞食に化けた部下が教えてくれました。

「だけど、おれがここにいるってことが、どうして知れたんだろう。」

赤井は、まだふしんがはれません。

「ウン、それも今にわかるよ。」

相手はとりあわないで、明智をかかえて、グングン家の中へはいって行きます。しぜん赤井もあとにしたがわぬわけにはいきません。

玄関の間には、またひとりのくっきょうな男が、かたをいからして立ちはだかっていましたが、一同を見ると、にこにこしてうなずいてみせました。

ふすまをひらいて、廊下へ出て、いちばん奥まった部屋へたどりつきましたが、みょうなことに、そこはガランとした十畳の空部屋で、首領の姿はどこにも見えません。

乞食が何か、あごをしゃくってさしずをしますと、美しい女の部下が、ツカツカと床の間に近より、床柱の裏に手をかけて、何かしました。

すると、どうでしょう。ガタンと、おもおもしい音がしたかと思うと、座敷のまんなかの畳が一枚、スーッと下へ落ちていって、あとに長方形のまっくらな穴があいたではありませんか。

「さあ、ここのはしご段をおりるんだ。」

いわれて、穴の中をのぞきますと、いかにもりっぱな木の階段がついています。

ああ、なんという用心ぶかさでしょう。表門の関所、玄関の関所、その二つを通りこしても、この畳のがんどう返しを知らぬ者には、首領がどこにいるのやら、まったく見当もつかないわけです。

「なにをぼんやりしているんだ。早くおりるんだよ。」

明智のからだを三人がかりでかかえながら、一同が階段をおりきると、頭の上で、ギーッと音がして畳の穴はもとのとおりふたをされてしまいました。じつにゆきとどいた機械じかけではありませんか。

地下室におりても、まだそこが首領の部屋ではありません。うす暗い電燈の光をたよりに、コンクリートの廊下を少し行くと、がんじょうな鉄の扉が行く手をさえぎっているのです。

乞食に化けた男が、その扉を、妙なちょうしでトントントン、トントンとたたきました。すると、重い鉄の扉が内部から開かれて、パッと目を射 る電燈の光、まばゆいばかりに飾りつけられたりっぱな洋室、その正面の大きな安楽イスにこしかけて、にこにこ笑っている三十歳ほどの洋服紳士が、二十面相その人でありました。これが、素顔 かどうかはわかりませんけれど、頭の毛をきれいにちぢれさせた、ひげのない好男子です。

「よくやった。よくやった。きみたちのはたらきはわすれないよ。」

首領は、大敵明智小五郎をとりこにしたことが、もう、うれしくてたまらないようすです。むりもありません。明智さえ、こうしてとじこめておけば、日本中におそろしい相手はひとりもいなくなるわけですからね。

かわいそうな明智探偵は、ぐるぐる巻きにしばられたまま、そこの床の上にころがされました。赤井寅三は、ころがしただけではたりないとみえて、気をうしなっている明智の頭を、足で二度も三度もけとばしさえしました。

「ああ、きみは、よくよくそいつにうらみがあるんだね。それでこそぼくの味方だ。だが、もうよしたまえ。敵はいたわるものだ、それに、この男は日本にたったひとりしかいない名探偵なんだからね。そんなに乱暴にしないで、なわをといて、そちらの長イスにねかしてやりたまえ。」

さすがに首領二十面相は、とりこをあつかうすべを知っていました。

そこで、部下たちは、命じられたとおり、なわをといて、明智探偵をイスに寝かせましたが、まだ薬がさめぬのか、探偵はグッタリしたまま、正体もありません。

乞食に化けた男は、明智探偵誘かいのしだいと、赤井寅三を味方にひきいれた理由を、くわしく報告しました。

「ウン、よくやった。赤井君は、なかなか役にたちそうな人物だ。それに、明智に深いうらみを持っているのが何より気にいったよ。」

二十面相は、名探偵をとりこにしたうれしさに、何もかも上きげんです。

そこで赤井はあらためて、弟子入りのおごそかな誓いをたてさせられましたが、それがすむと、この浮浪人はさいぜんから、ふしぎでたまらなかったことを、さっそくたずねたものです。

「このうちのしかけにはおどろきましたぜ。これなら警察なんかこわくないはずですねえ。だが、どうもまだふにおちねえことがある。さっき玄関へきたばっかりの時に、どうして、おかしらにあっしの姿が見えたんですかい。」

「ハハハ……、それかい。それはね。ほら、ここをのぞいてみたまえ。」

首領は天井の一|隅 からさがっているストーブのえんとつみたいな物を指さしました。

のぞいてみよといわれるものですから、赤井はそこへ行って、えんとつの下のはしがかぎの手に曲がっている筒口へ、目をあててみました。

すると、これはどうでしょう。その筒の中に、この家の玄関から門にかけての景色が、かわいらしく縮小されて写っているではありませんか。さいぜんの門番の男が、忠実に門の内がわに立っているのもハッキリ見えます。

「潜水艦 に使う潜望鏡 と同じしかけなんだよ。あれよりも、もっと複雑に折れまがっているけれどね。」

どうりで、あんなに光のつよい電燈が必要だったのです。

「だが、きみが今まで見たのは、この家の機械じかけの半分にもたりないのだよ。その中には、ぼくのほかはだれも知らないしかけもある。なにしろ、これがぼくのほんとうの根城 だからね。ここのほかにも、いくつかのかくれががあるけれど、それらは、敵をあざむくほんの仮住まいにすぎないのさ。」

すると、いつか小林少年が苦しめられた戸山ヶ原のあばらやも、そのかりのかくれがの一軒だったのでしょうか。

「いずれきみにも見せるがね、この奥にぼくの美術室があるんだよ。」

二十面相は、あいかわらず上きげんで、しゃべりすぎるほどしゃべるのです。見れば彼の安楽イスのうしろに、大銀行の金庫のような、複雑な機械じかけの大きな鉄のとびらが、げんじゅうにしめきってあります。

「この奥にいくつも部屋があるんだよ。ハハハ……、おどろいているね。この地下室は、地面に建っている家よりもずっと広いのさ。そして、その部屋部屋に、ぼくの生涯 の戦利品 が、ちゃんと分類して陳列してあるってわけだよ。そのうち見せてあげるよ。

まだ何も陳列していない、からっぽの部屋もある。そこへはね、ごく近日どっさり国宝がはいることになっているんだ。きみも新聞で読んでいるだろう。例の国立博物館のたくさんの宝物さ。ハハハ……。」

もう明智という大敵をのぞいてしまったのだから、それらの美術品は手に入れたも同然だとばかり、二十面相はさも心地 よげに、カラカラとうち笑うのでした。

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