江戸川乱歩「 怪人二十面相」 13

江戸川乱歩「 怪人二十面相」

奇妙な取りひき

「少年探偵さん、どうだったね、ゆうべの寝ごこちは。ハハハ……、おや、窓になんだか黒いひもがぶらさがっているじゃないか。ははあ、用意のなわばしごというやつだね。感心、感心、きみは、じつに考えぶかい子どもだねえ。だが、その窓の鉄棒は、きみの力じゃはずせまい。そんなところに立って、いつまで窓をにらんでいたって逃げだせっこはないんだよ。気のどくだね。」

賊は、にくにくしくあざけるのでした。

「やあ、おはよう。ぼくは逃げだそうなんて思ってやしないよ。居ごこちがいいんだもの。この部屋は気にいったよ。ぼくはゆっくり滞在するつもりだよ。」

小林少年も負けてはいませんでした。今、窓から伝書バトをとばしたのを、賊に感づかれたのではないかと、胸をドキドキさせていたのですが、二十面相の口ぶりでは、そんなようすも見えませんので、すっかり安心してしまいました。

ピッポちゃんさえ、ぶじに探偵事務所へついてくれたら、もうしめたものです。二十面相が、どんなに毒口 をたたいたって、なんともありません。最後の勝利はこっちのものだとわかっているからです。

「居ごこちがいいんだって? ハハハ……、ますます感心だねえ。さすがは明智の片腕といわれるほどあって、いい度胸だ。だが、小林君、少し心配なことがありゃしないかい。え、きみは、もうおなかがすいている時分だろう。うえ死にしてもいいというのかい。」

何をいっているんだ。今にピッポちゃんの報告で、警察からたくさんのおまわりさんが、かけつけてくるのも知らないで。小林君は何もいわないで、心の中であざわらっていました。

「ハハハ……、少ししょげたようだね。いいことを教えてやろうか。きみは代価をはらうんだよ。そうすれば、おいしい朝ご飯をたべさせてあげるよ。いやいや、お金じゃない。食事の代価というのはね、きみの持っているピストルだよ。そのピストルを、おとなしくこっちへひきわたせば、コックにいいつけて、さっそく朝ご飯を運ばせるんだがねえ。」

賊は大きなことはいうものの、やっぱりピストルをきみ悪がっているのでした。それを食事の代価としてとりあげるとは、うまいことを思いついたものです。

小林少年は、やがて救いだされることを信じていましたから、それまで食事をがまんするのは、なんでもないのですが、あまり平気な顔をしていて、相手にうたがいをおこさせてはまずいと考えました。それに、どうせピストルなどに、もう用事はないのです。

「ざんねんだけれど、きみの申し出に応じよう。ほんとうは、おなかがペコペコなんだ。」

わざと、くやしそうに答えました。

賊は、それをお芝居とは心づかず、計略が図にあたったとばかり、とくいになって、

「ウフフフ……、さすがの少年探偵も、ひもじさにはかなわないとみえるね。よしよし、今すぐに食事をおろしてやるからね。」

といいながら、おとし穴をしめて姿を消しましたが、やがて、何かコックに命じているらしい声が、天井から、かすかに聞こえてきました。

あんがい食事の用意がてまどって、ふたたび二十面相が、おとし穴をひらいて顔を出したのは、それから二十分もたったころでした。

「さあ、あたたかいご飯を持ってきてあげたよ。が、まず代価のほうを、さきにちょうだいすることにしよう。さあ、このかごにピストルを入れるんだ。」

綱のついた小さなかごが、スルスルとおりてきました。小林少年が、いわれるままに、ピストルをその中へ入れますと、かごは、手ばやく天井へたぐりあげられ、それから、もう一度おりてきたときには、その中に湯気 のたっているおにぎりが三つと、ハムと、なま卵と、お茶のびんとが、ならべてありました。とりこの身分にしては、なかなかのごちそうです。

「さあ、ゆっくりたべてくれたまえ。きみのほうで代価さえはらってくれたら、いくらでもごちそうしてあげるよ。お昼のご飯には、こんどはダイヤモンドだぜ。せっかく手に入れたのを、気のどくだけれど、一粒ずつちょうだいすることにするよ。いくらざんねんだといって、ひもじさにはかえられないからね。つまり、そのダイヤモンドを、すっかり、返してもらうというわけなんだよ。一粒ずつ、一粒ずつ、ハハハ……、ホテルの主人も、なかなかたのしみなものだねえ。」

二十面相は、この奇妙な取りひきが、ゆかいでたまらないようすでした。しかし、そんな気のながいことをいっていて、ほんとうにダイヤモンドがとりかえせるのでしょうか。

そのまえに、彼自身がとりこになってしまうようなことはないでしょうか。

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